【連載企画#17】わたしの反抗期
2021年8月18日
カテゴリー: 自分史
この記事は、キャリアコンサルタントコミュニティ「キャリコンサロン」内で発足された「編集部」の【note週イチ投稿企画】で執筆した記事をベースに掲載しています。 |
反抗期がなかった私
まったく筆が(指が)進まない今回のお題(笑)
お題を知ってからずっと反抗期があったか思い出してみましたが、それらしいものは思い当たず……でした。
その代わり、子供の頃に抱えていたある想いには気づけたので、本記事ではそのことについて書いてみようと思います。
お題からは逸れてしまいますが、「反抗期」と向き合った結果ということで、ご容赦くださいませ。
反抗心より諦めの境地
私が子供の頃に抱えていたある想い。
それは「諦めるしかない」というものでした。
社会人になってからは「友達母娘」と言われるほど仲が良い関係ですが、子供の頃から大学を卒業するまで、母の存在はとにかく怖かったです。
門限が厳しく、日帰りの遠出もお泊りもNG。
「みんなやっている」「みんな持っている」
と意を決しておねだりしたことも
「みんなって誰?!全員名前を言いなさい」と怒られたりもしました。
ものすごい剣幕で論破されるので、反抗する気力もなく、諦めの境地だったように思います。
ただ、母のことが嫌いだったかと言われれば、間違いなく答えはNO。
友達より行動の制約があっただけで、私や弟への愛情はものすごく感じましたし、愛情ゆえの制約だということも理解できていました。
そういう意味では諦めの境地というのも違うのかもしれないですね。
「うちはこういうルールなんだ」と受け入れていたのは事実ですし、ルールの範囲内ではありますが、楽しい時間も過ごせていました。
高校時代は放課後に友達とロッテリアで話したり、ベンチでアホなポーズをしながら写真を撮りまくったり、良い想い出もいっぱいです。
夜遅くまで遊べる友達がうらやましいと思ったこともありましたが、私なりに楽しい時間を過ごせたので、門限が厳しかったことに恨みもありません。
反抗期がなかった代償
今回振り返るきっかけもなった反抗期について思い出してみて、気づいたことがあります。
それは「大切な人に大切なことを言えない自分がいる」ということです。
「こんなこと言ってがっかりさせたらどうしよう」
「わがままだと思われて嫌われたくないな」
「愛想を尽かされたら立ち直れないや」
自分の気持ちをぶつける前に諦めてしまうことが多かったからか、相手がちょっとでも強い口調だったり、眉間のシワが見えたりすると、何も言えなくなってしまうんですよね。
仕事だとスイッチが入るからか、自分の意見をハッキリ言えますし、お客様に厳しい話もできるんですが、個人的な話になるとまるで別人になることが多いです。
「一生後悔するんだろうな」という後悔を抱えていますが、本当に向き合わなければいけなかった場面で向き合えなかった自分が原因だったりもします。
これからの私にできることは、この後悔を最後の後悔にすること。
そのためには自分を信じ、相手を信じることが大切ですね。
反抗期から思わぬ流れになって戸惑っていますが、これも「お題から文章書く醍醐味」なのかなと、実感できてよかったです。
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宮治 有希乃
組織育成パートナー
ITベンチャーと人材ビジネス業界で11年間、組織人事・キャリア領域に取り組み、2018年に独立。現在は中小企業向けに、関係の質を高める組織育成プログラムを提供中。「関係の質」を高める「コミュニケーションスタイル診断」を活用し、研修やコンサルティングを通じて組織パフォーマンスの向上と健全な職場環境づくりを支援している。